【重要】CGIBOY日記帳 6月末サービス終了のお知らせ


蕃茄庵日録(ばんかあんにちろく)

本と俳句と与太噺 

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更新履歴

2009,5,31 ご愛顧に感謝
2009,5,30 瀋陽、右往左往<14> 「湯けむりスナイパー」はどこに行く
2009,5,29 瀋陽、右往左往<13> 嗚呼、戦犯管理所
2009,5,28 瀋陽、右往左往<12> 撫順老朴狗肉館
2009,5,27 瀋陽、右往左往<11>「K7397次」で
2009,5,26 瀋陽、右往左往<10> 瀋陽南駅から汽車に乗る

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ご愛顧に感謝 2009,5,31
<重要なお知らせ>

当「蕃茄庵日録」は本日限りにて更新停止になり、そのあと完全閉鎖となります。

2003年夏以来、約6年間にわたるご愛顧に感謝いたします。こんなお得な情報も色っぽい画像もない地味な日記にお越しいただきありがとうございました。

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それでは、再見!!



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瀋陽、右往左往<14> 「湯けむりスナイパー」はどこに行く 2009,5,30
<重要なお知らせ>

当「蕃茄庵日録」はいよいよあと2日で更新不能になり、そのあと完全閉鎖となります。

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・・・・・・5月3日(2日目)の旅日記<6>・・・・・・・

そういうわけで、行き先を告げた僕に向かって三吉は素っ頓狂な声を上げた、

「えー? 露天風呂でバイト!?」・

な、わけがない。露天風呂でバイトとはまるで「湯けむりスナイパー」である(遠藤憲一カッコイイ!!)。

そうじゃなくて僕が言ったのは、

「石炭の“露天掘り”を見に行こう。撫順は炭鉱の町として有名で“煤都(ばいと)”と呼ばれているのだ」

だ。

普通、炭鉱というのは地中深くトンネルを掘って石炭を採るものだけど、ここでは「露天掘り」と言って、地面から直接に擂鉢上に掘り下げていく。撫順にある「西露天鉱」は東西6キロ、南北2キロ、深さ300メートルという大規模な露天掘りだそうである。

かつてはかなりの生産量を上げ「石炭の都」、つまり「煤都」と呼ばれたほど。魔性の街・上海が「魔都」と呼ばれ、養蚕の盛んな八王子が「桑都」と呼ばれたのと同じだね。

桑都


幸いこの場所、「撫順戦犯管理所」から西露天鉱までは指呼の間、とまではいかないが遠くはない。「地球の歩き方」の地図によれば、この道をまっすぐ5キロほど南下した場所にある。


タクシーで行こう。あ、ちょうど来た。

「地球の歩き方」の当該ページの西露天鉱の写真を指し示すと、角刈りの運転手さんはちょっと考えた後、僕たちに「乗れ」と合図した。

調子よく飛ばす。この分なら10分ぐらいで着きそうだ。


僕はいつもの習慣で、地図と見比べながら進行方向を確かめる。そうそうひたすら南下。そう、撫順の母なる川「渾河」を渡ってさらに南下・・・。

と思ったら、車は大きく右に舵を切って西に向かい始めた。

えっ? 方向が違わないかい?

僕が何を言っても(日本語だけど)、運転手さんは「いいのいいの、こっちでいいの」と言って(多分。中国語だからわからない)取り合わない。

猛スピードで「渾河南路」を西に向かう。あっという間に「地球の歩き方」の地図のエリアから外れてしまった。

もう、こうなるとどこがどこだかわからない。いったい僕たちはどこに連れて行かれるんだろうか?

炭鉱のタコ部屋か。僕のみならずたった12歳の三吉まで。いや、昔、世界史の教科書で見たことがある。産業革命時のイギリスで12歳の子どもが採炭夫として強制労働させられている絵だった。体が小さいほうが炭鉱の狭いトンネルでは働きやすいのだ。いや、しかしここは「露天掘り」だし・・・。

心は千路に乱れる。 いや、「千路」じゃなくて「渾河南路」だ。


いったい僕たちはどこに連れて行かれるんだろうか?


      (続く)

瀋陽、右往左往<13> 嗚呼、戦犯管理所 2009,5,29

・・・・・・5月3日(2日目)の旅日記<5>・・・・・・・

そういうわけで老朴狗肉館を通り越して、角を曲がるとちょっと大きな通りで、また別の犬肉料理店が数軒あった。チマ・チョゴリのお姐さんがニッコリ微笑んでる看板の店もある。やっぱり朝鮮系の食文化なのかもしれない。「狗肉」の文字が躍る。ここまで「狗肉」「狗肉」と言われると、「羊頭」の行方を捜したくなる。

さらにバイク屋街を抜けると前方に望楼が見えてきた古びた門の向こうにいかめしい佇まいの建物がある。おおこれが「撫順戦犯管理所」か。ここでラストエンペラーも再教育を受けたんだなぁ。感激だなぁ。

張り切って入ろうと思ったら、門には遮断機が下りている。あれ?

あ、チケット売場がある。ここでチケットを買って、ゲートを開けてもらうんだな。

ところが、チケット売場の窓口を覗いても人はいない。あれ?


まぁいいや入っちゃおうとゲートを跨ぎかけたら奥の方からオバサンがやってきて、怖い顔をして看板を指差した。

「工事中で当分閉鎖」

というようなことが書いてあった。えー、マジかよー、せっかく来たのにー!!。


と天を仰いで嘆いていたら声をかけられた。声の方を見るといつの間にかチケット売場の窓口の中に髪の長いおじいさんがいて、手招きをしている。

あれ、もしかしたら内緒で入れてくれるのかと思って近づいたら、冊子を出してきた。

この「撫順戦犯管理所」の歴史を記した書物のようだった。写真もたくさんある。その中の写真を指差して、そして自分の顔を指差す。「私だ」、と。

どうもここの古い職員で、この本の製作スタッフでもあるようだった。

価格を見ると70元。日本円で1,100円。こちら物価で考えるとべらぼうに高い。第一、中国語読めないし。

冊子の購入は辞退して、外観の写真だけ撮って「撫順戦犯管理所」を後にした。さよなら、ラスト・エンペラー。


で、この後、失意の僕たちがどこに行ったかというと・・・・。行き先を告げた僕に向かって三吉は素っ頓狂な声を上げた、

「えー? 露天風呂でバイト!?」・


続きはまた次回!!


   ↓↓ 下の写真が「撫順戦犯管理所」 ↓↓

瀋陽、右往左往<12> 撫順老朴狗肉館 2009,5,28

・・・・・・5月3日(2日目)の旅日記<4>・・・・・・・

僕たちが降りた駅は「撫順城」駅。

撫順の町には「撫順」駅と「撫順城」駅があって、こちらはマイナーなほうだ。工事中だったせいもあるのだけど、駅舎らしい駅舎もない。幅1メートルほどの木戸をくぐって町に出た。

人は多くない。車もそれほどでもない。町の北のほうにあるこの「撫順城」駅から、中心部の「撫順」駅方向に2キロほど南下したあたりに、目指す「撫順戦犯管理所」がある。


小さな工場やお店が並ぶ店を進む。

通りの向こう側に可愛い看板のお店があった。メガネをかけた洋犬が愛想を振りまいている写真が大きく掲げられている。

ペットショップかな?

それともペットの美容室かな?

果たして犬料理の店だった。次男・三吉(仮名・中一)はちょっとビックリしたようだったが驚くには及ばない。中国東北部では普通のことだ。

「老朴狗肉館」

「パクおじさんの犬肉レストラン」といったところだろうか。名前から見て朝鮮族の人の店かもしれない。韓国で犬料理は「補身湯(ポシンタン)」としてポピュラーだ。

食文化はさまざまでお互い尊重しあいたいものであるが、この看板のセンスはいただけないなぁ。

お昼ごはんにはまだ早いが、三吉に「どう?」と水を向けたら「絶対イヤだ」という。これが長男・虎太郎(仮名・大2)だったら、僕が誘うまでもなく、ノリノリで店に入っていったと思う。

三吉に「なぜ?」と聞いたら?

「犬の肉は好みじゃない」

とのことだった。


そして、さらに「撫順戦犯管理所」を目指した。

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瀋陽、右往左往<11>「K7397次」で 2009,5,27
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・・・・・・5月3日(2日目)の旅日記<3>・・・・・・・

僕たちが乗ったのは「K7397次」。快速列車だ。改札を通ってホームに下りると黒っぽくて地味な列車が止まっていた。落差の大きいステップを登って乗車。

空いている席があったから座ったけど、当然、指定券を持った人が後から乗ってきたので立って行った。

中はそこそこの混雑。家族連れや若者のグループが多い。

外国で乗り物に乗るのは難しくはないが、降りるのは難しい。車内アナウンスを聞き取ることなど不可能だからだ。もちろん不案内の土地で降りそこなってしまったら大変なことになる。

そこで近くにいた二人連れの若い女性に筆談で聞いてみた。

「撫順まではどのくらいの時間がかかりますか?」

彼女の返答は、

「乗務員に聞いてください」

だった。なるほど。なかなか感じのいいお嬢さんで、ニコニコと「韓国人ですか?」と聞いてきたので、「日本人です」と答えた(瀋陽には朝鮮族が多い)。


次の駅の「瀋陽北駅」からはたくさんの人たちが乗ってきて、車内は朝の埼京線のような状態になった。この状態で降りられるかなぁ。

人が多くて外に景色も見られない。初めての満員列車体験に緊張気味の三吉はカバンに入れてあった「クレヨンしんちゃん」を読み始めた。

すると三吉の後ろにいた若者が三吉の背後から頭越しに読み始めた。「クレしん」は中国でも「蝋筆小新」として大変に人気がある(著作権関係でいろいろややこしいことになっているが)。

さらには僕たちが日本人だというのがわかると、小さな声で話しかけてきた。

「ドウモドウモ、ソウデスカー」

・・・・。答えようがないなぁ。


次の駅でほとんどの人が降りた。件のお嬢さんたちも「再見!」と手を振って降りていったし、「ドウモドウモ」のアンちゃんも降りていった。駅名はわからないが、遊園地と直結した駅だった。そうか、みんな遊園地に行くんだね。

すっかり空いてしまった車内。三吉も座れた。僕はようやく車掌に訊ねることが出来た。

「あと何分で着きますか?」

あと10分で着くからデッキで待っていなさい、とのことだった。デッキで待つのはいいのだが、デッキは喫煙室なので煙いこと煙いこと。


発車から約1時間。僕たちの乗った「K7397次」は目指す「撫順城」に着いた。さっきの車掌さんがここで降りろと合図してくれた。

降りる人はそれほど多くないが駅員がたくさんいて、10メートルおきくらいにいる。ホームは工事中で土がむき出し。屋根は骨組みだけ出来ている。


さて、撫順の町をどう攻略するか。

まずは、「撫順戦犯管理所」からだな。

   (つづく)


下の写真は、撫順城を走り去る「K7397次」

瀋陽、右往左往<10> 瀋陽南駅から汽車に乗る 2009,5,26
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・・・・・・5月3日(2日目)の旅日記<2>・・・・・・・

今日は撫順に行く。瀋陽から汽車で1時間ほどの炭鉱の町だ。

炭鉱とともに有名なのが「撫順戦犯管理所」。もともとは旧満州国の思想犯専門の刑務所だったそうだが、解放後は(中国にとっての)戦犯専門の刑務所となった。

かの「ラスト・エンペラー」愛新覚羅溥儀も収容されていた施設だ。それをぜひ見たいと思った。

汽車でもバスでも行けるという場合、中国においてはほぼ100パーセント、バスの方が便利だ。でも汽車で行く。


ホテルから「瀋陽南駅」へは徒歩10分くらい。まだ朝の8時なので町は静か。人もあまりいない。あ、ウォルマートがある、なんていっている間にクラシカルな駅に着いた。駅もそれほどの人出ではない。ほとんど並ばずに切符を買えた。

一人片道5.5元。88円。「無座」、つまり立ち席の快速列車。もちろん「硬座」、つまり二等車。これが一等車だと「軟座」となる。

荷物をX線に通して駅舎に入る。薄暗くて長いいコンコースにはなにやら怪しげな売店が出ている。待合室は便ごとに分かれている様子だ。

僕たちが乗るのは「K7397次」。9時10分発の「白河」行き。福島県ではない。

あ、あった、この部屋だ。

待合室は巨大。そこにびっしりと人がいる。さっきまでの静かな町とは大違い。きれいなワンピースを着た若い女性もいれば、タトゥーが覗く勇みな若い衆もいる。三輪車で入場の幼児もいれば、何の前触れもなく手鼻をかむ人民服(風)の老人もいる。

黙っている人などいない。みな、けたたましくおしゃべりしている。なんか食べてる人も多い。なんともすごいエネルギー。このエネルギーで発電でもできないものか。

待つこと数十分、やっと改札が始まった。以前の中国を知る身としては大混乱を覚悟して身構えたが、意外と整然としていた。1980年代半ば、汽車やバスに乗る時はラグビーの選手になったような心持ちがしたものだが・・・。

        (続く)

西部警察!! 2009,5,25
で、巣籠もり中はブログの引越し作業をしていた、と言いたいところなのだけど、それがまた辛気臭い作業で、結局テレビばかり見ていた。

一番面白かったのが「西部警察」ね。スペシャルの再放送。

「西部警察」オープニング    ←クリック。必見!!

米軍基地から盗まれた最新鋭装甲車が東京で大暴れするという奇想天外でばかばかしい話。別にハナ肇が主演というわけではない(いちおう言っておかないと・・・)。

一緒に見ていた長男・虎太郎(仮名・大2)。はじめはゲラゲラ笑って見てたんだけど、途中で真剣な顔になった。

「これってもしかしてマジなの?」

どうやら全編ギャグかと思ったらしい。

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巣籠もり 2009,5,24
別にインフルエンザ予防と言うわけでもないが、この土日、一歩も家から出なかった。

巣籠もり。

巣籠もり消費、などというが、消費もしていない。次男・三吉(仮名・中一)に新聞を会にいかせたぐらい。

とりあえず、ブログの引越しだ。来月一杯で完全閉鎖となり、今月一杯で書き込みが不能になる。つまり書き込めるのもあと一週間。6年近く、ほぼ毎日書いてきたので名残り惜しくはある。今後については近いうちにお知らせします。

瀋陽、右往左往<9> 黒い妹とは何か? 2009,5,23
・・・・・・5月3日(2日目)の旅日記<1>・・・・・・・

一夜明けた。

おっとその前に、昨日の歩数は15,312歩だった。


ちょっと早起きして1階のレストランで朝食。6時の開店と同時に行ったら、まだ7割ぐらいしか準備できてなくて、好物の「豆腐脳(おぼろ豆腐)」を食えなかった。残念。


部屋に戻って洗顔。歯磨きもミネラルウォーターで。

昨日、寝る前にインスタント・コーヒーを飲もうと思ってよかった。そうじゃなければ今朝、「高粱酒」で歯を磨くところだった。


歯磨チューブがカッコイイ。


「黒妹」


なんか、耽美な香りのする商品名だなあ。



今日、僕たちは「撫順」に行く。ホテルを出て「瀋陽駅」に向かった。

瀋陽、右往左往<8> 大高粱!! 「56で4000」 2009,5,22
・・・・・・5月2日(初日)の旅日記<8>・・・・・・・

デザートは“太原街”のホコテンに戻ってトルコアイスを食おう、なんて言っていたんだけどとんでもない。お腹一杯で動けないくらいだ。

ぶらぶらとホテルに戻った。

今日はあまり夜遊びしないで早く寝ようか、明日は早いし。

交代でバスを使って、言葉のわからないテレビを見ているうちにちょっと眠くなってきた。いかんいかん、「お小遣い帖」をつけなくっちゃ。眠気覚ましにインスタントコーヒーでも淹れよう。

部屋にはトワイニングのティーバッグと、ネスレのインスタントコーヒーが備え付けてある。まずはお湯を沸かさないとね。


そう、こういうときのためにさっきミネラルウォーターを買ったのだ。電気ポットならあっという間に沸く。


さて、栓をあけて、と。あれ、栓が・・・・固いなぁ。カッチカチやでぇ。


ようようのことで開けたら・・・・、あれ? これって?


芳しい香り。


お酒?


ラベルをよく見たら、果たしてお酒だった。ボトルが酒壷みたいな形をしているわけである。


しかも紹興酒みたいに軟弱な酒ではない。「高粱酒」。荒くれ馬賊が飲むような酒である。アルコール度数56パーセント。で、4リットル。4000cc。

ちょっと飲んでみた。うまい。でも4日、実質3日で4リットルも飲めない。


それにしてもえらいものを沸かそうと思ったものである。どれだけ効くんだよ、「高粱酒の熱燗」。ってそれよりも56パーセント。下手すると発火するんじゃないの?!


で、どうしたかって? 水を買いに走りましたよ。スーパーまで行くのは面倒くさいから、途中にあった「24小時便利店」〈24時間営業のコンビニ〉でね。

お店の名前は、「瀋陽信盟商業広場 16店」。値段は4リットルで4元。75円。さすが安いなぁ。でもアルコール度数56パーセントが4リットルで8元、約130円の方が衝撃的かな。

瀋陽、右往左往<7> 瀋陽のカイゾク料理 2009,5,21
・・・・・・5月2日(初日)の旅日記<7>・・・・・・・

そうこういっている間にお腹がすいてきた。まだ夕方5時半だけど、さっきまで日本にいたのでまだ日本時間でお腹がすく(時差1時間)。

記念すべき初日のディナーは・・・・。カイゾク料理にしよう。


カイゾク料理といってもソマリア沖に出没する輩ではない。それは海賊。僕たちが行こうとしているカイゾク料理は回族料理。つまり清真料理、イスラム飯だ。

中国北部は回教徒も多いので清真料理店も多い。そんな中で向かったのは瀋陽を代表する清真料理店の「馬家焼麦」。マージャ・シャオマイ。マーさんのシュウマイ店だ。「マ」は「マホメット」の「マ」ね。そしてこちらでは焼売と書かずに焼麦と書く。


さっき行ったホコテンの太原街の延長線上のちょっと北方にある。ちょいと人通りも少なくなったあたり。すぐに見つかった。人気店だが、まだ時間が早いので席は空いていた。

注文したのは、牛肉葱焼麦と羊肉焼麦。シューマイだけじゃ物足りないから揚州炒飯も。

シューマイは蒸篭に入ってやってきた。

一つの蒸篭に20個ぐらい入っている。そして一つがでかい。日本でシュウマイって言うとチッコイ具が薄〜い皮に包まれているチマチマした食べ物だけど、こちらのは分厚い皮にスープと具がドッシリ入っている。

スープはアツアツで火傷しそうなほど。まさしく「羹に懲りて膾を吹く」状態。膾なんて無いけど。

そしてそのスープ、テーブルに零れたのがさめて固まるとラード状になる。ほとんどアブラ。つまり、とにかくボリュームがある。そして美味い。かなり美味い。

炒飯は余計だったんだけど、この炒飯がまた美味い。珍しいことに角切りの胡瓜が入っている。これがシャキシャキして絶品。

美味しいんだけど、注文しすぎた。もったいないけど食べ切れない。かなり無理したんだけどダメ。ギブ・アップ。


3分の1ほど残ったシウマイに後ろ髪引かれつつ泣く泣く会計をすると、あれだけ食べて、リンゴジュースとスイカジュースも飲んで、二人で69元。日本円で1,100円。

「おとうさん、中国語で“美味しかった”ってどういうの?」

ハォ・チーかな。

「ハォ・チー!!」


レジ係のお姉さんに愛想を振りまく三吉であった。

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下の画像は「馬家焼麦(マージャ・シャオマイ)」のメニュー

瀋陽、右往左往(6) 瀋陽の新宿“太原街” 2009,5,20
・・・・5月2日の日記<6>・・・

そういうわけでホテルにとりあえず荷物を下ろした。もう夕方だ。

インターコンチネンタル瀋陽の702号室。中国表記だと「瀋陽洲際酒店」。もちろんこれを簡体字にしたものだけど。

さすが五つ星で綺麗なホテルだ。客室も十分に広い。

まずは買出しだ。水道の水は飲めないので水を買わなくっちゃ。500ミリのペットボトル2本はサービスだけど全然足りない。

目の覚めるようなロシア美女(多分)のいるフロントでとりあえず2万円だけ両替。1,350人民元を財布に入れて町へ繰り出した。

残念なのはここがどこだかわからないこと。なにしろ瀋陽は情報が少ない。地図は「地球の歩き方」の5万分の1の地図だけである。町歩きにはちょっと大雑把に過ぎる。

さっき張さんが「こっちに行けば繁華街の“太原街”に出ます」と指差した方向に向かって歩く。

ホテルはゴージャスだけど、周辺はローカルな商店街。1間半間口のコンビニ(よろずや)やら大衆食堂やらが並ぶ。「24小時」と書かれた店もある。ほほう、24時間営業とは便利。人通りはそれほど多くない。

この先に“太原街”がある。瀋陽第2の繁華街らしい。伊勢丹もあるはず。中国のデパートは必ず地下がスーパーマーケットだから、そこでミネラルウォーターを買おう。

暫く行くと入口に大理石の向かい獅子を置いたデパートがあった。おお、これが伊勢丹・・・ではなかった。もっとローカルなデパートだ。

入ると中は結構込んでいる。一通り歩くが買いたいものはない。というか僕は非常に消費意欲が低い。買い物をしない。申し訳ない。その分、人の2倍食べますから勘弁。とても大きなデパートでちょっと迷ってしまって、入ったところとは違うゲートから外に出た。ら、そこが「太原街」だった。

歩行者天国でお祭りのような人出。若いカップルや家族連れが多い。雰囲気としては「新宿」かなぁ。出店も出ていて楽しそう。おおっトルコアイスの小屋もある。うまそー。結婚相談所の出店もある。ここでも「婚活」ブームか。マクドナルドもケンタッキーも吉野家もある。伊勢丹の前のステージではバンド演奏。賑やかだなあ。

あ、そうだ、水を買わなくっちゃ。さっきのデパート「北京華連商廈」に戻った。瀋陽まで来て伊勢丹に行ってもしょうがない。

やはり地下は超級市場(スーパーマーケット)になっていた。まずは水。ちょっと多めに4リットルのペットボトルを買った。これなら帰るまで持つだろう。8元、約130円。安い!! しかもジャグ(酒壺)のような形がお洒落。把手なんぞついている。

そしてスプライトやコーラ、煎餅、、チョコパイ、青島ビール、ハルビンビール、雪花ビールなどを買い込んだ。このまま夕食に行こうと思ったんだけど、あまりに重いので、一度ホテルに戻ることにした。

この水が重いんだな。4リットルだものなぁ。


そして、この4リットルが僕を激しく打ちのめすことになるのだけど、以下次号、か次々号!!

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下の画像は「瀋陽洲際酒店」702号室からの絶景。

瀋陽、右往左往(5)  続・幻のパシナ 2009,5,19
・・・・5月2日の日記<5>・・・

出発前のインターネットでの調査で、その「開かずの博物館」が瀋陽の「鉄西森林公園」にあることまではわかった。でもその「鉄西森林公園」なるものがどこにあるかはわからないのだ。「森林公園」というくらいだから相当の郊外か。

『地球の歩き方』の見開き2頁の瀋陽の地図のどこを見ても無い。この地図の範囲外か。

さらにインターネットでの調査を進めるうちに、その「鉄西森林公園」内の「蒸気機関車博物館」に行って、やっぱり開いてなくて、そとからガラス越しに機関車を見学した旅行者のリポートが見つかった。そのリポートにある町名を地図上で追っていくと、「黄金餅」のような気分にもなってくるんだけど、市内の西郊の方に向かっていった様子だ。

んん? 地図の左端、つまり西の方、市の中心から6、7キロほどのところに「干洪苗圃」ってところがあるぞ。ここが怪しいなぁ。だって、苗圃ってことは、苗が成長したら森林になるものなぁ、って随分気の長い話だが。

それと、開いてなくても「ガラス越しに」なら見られるんだなぁ。それでもいいかなぁ。


と、ここまでが、日本国内での調査である。


空港からホテルまでのわずかな時間、せっかく現地の観光ガイド・張さんと一緒なので、尋ねたみた。

「パシナはどうなってますか? 蒸気機関車博物館は開きましたか?」

張さんはちょっと困ったような顔をして言った。

「あじあ号ですか・・・・?」


結論から言うと開いていないそうである。周期的にオープンの噂が流れるんだけどすべてガセで、今回のゴールデンウィーク(中国もゴールデンウィーク)で開くという噂が実しやかに流れたのだけど、昨日(5月1日)問い合わせたが開いてなかったのこと。

そうか、やっぱりダメかー。なぜなんだー???

理由を聞いても張さんは困った顔をして微笑むのみである。

でもささやかな収穫はあった。『地球の歩き方』の地図の左隅の「干洪苗圃」っていうのが、現在の「鉄西森林公園」だそうである。

なるほど、苗は成長したんだなぁ。よかったよかった。

などと喜んでいる間にワゴン車は市内に入った。まずホリデイ・インでTさん夫妻が下りて、僕たちは隣のホテルにチェック・イン。

「インターコンチネンタル瀋陽」。ここが今回の僕たちのベースキャンプだ。

うーーん、ちょっと無理したかなぁ。★★★★★


      <つづく>


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瀋陽、右往左往(4)  幻のパシナ 2009,5,18
・・・・5月2日の日記<4>・・・

そう、パシナが気になっていたのである。

パシナをご存知だろうか。満鉄の伝説の特急列車「あじあ」を引っ張った蒸気機関車である。僕は鉄道にはほとんど興味がないのだけど、このパシナは造型がメチャメチャかっこいいので大好きなのだ。

<br> あじあ号の雄姿

ね、かっこいいでしょ。

好きになったきっかけは2冊の本だ。『満洲鉄道まぼろし旅行』(川村湊・ネスコ)と、現在は文庫判の『あじあ号、吼えろ!』(辻真先・徳間文庫)

満洲鉄道まぼろし旅行  <br> 『あじあ号、吼えろ!』

『満洲鉄道まぼろし旅行』は往時の資料を使った、仮想の満洲横断旅行記。ディテールへのこだわりが感動的。幻からさめた瞬間の切なさは出色。

一方の『あじあ号、吼えろ!』は 大戦末期の満洲で、あじあ号に乗り合わせた上原謙がモデルと思しき映画俳優と謎の男装の美女(モデルは言うまでもない)が繰り広げる大活劇ロマンだ。

2作ともそれぞれに主人公はいるものの、影の主役は「あじあ号(=パシナ)」で、抜群の存在感を見せている。


解放後も中国大陸で活躍していたがやがて引退。長らく雨ざらしになっていたが、日中の熱心な研究者の方々の尽力で修理されて、ここ瀋陽の「蒸気機関車博物館」で公開されている・・・。

と聞いたのが、数年前だった。そのニュースに接して以来、ずっと見たいと思ってきた。今回、瀋陽を旅行先に選んだ理由の一つも、「あじあ号」が見たいだった。


で、話がこれで終わらないのが中国の面白いところである。今回、出発前に調べてみたところ、えらいことが判明したのだ。

瀋陽で「花博覧会」が2006年に開かれることになった際、なんとその会場として「蒸気機関車博物館」がある公園に白羽の矢が立ち、立ち退きを余儀なくされたのだ。

なんてことを・・・。行き場を失った可哀想なパシナ・・・。

しかし幸い、瀋陽市の鉄西森林公園に出来た公園の中に博物館に移築されることになり、2007年には建物が完成し、パシナを筆頭とする貴重な機関車たちが無事、収蔵された。

めでたしめでたし。

と、これで話が終わらないのが中国の不思議なところである。


建物は出来上がって、機関車も収蔵されたというのに、なぜかオープンしないというのである、その「蒸気機関車博物館」が。2年近く経つというのにいまだに。

インターネットでいろいろ調べて、また研究者の方や関係団体に問い合わせても見たのだが、その時点で情報は途切れたまま、もしくは状況は変化していないようなのだ。

こうなったら、現地の人に聞くしかない。

そういうわけで僕は、遼寧和平国際旅行社の張さんに尋ねたのある、


「パシナはどうなってますか?」

と。
 

                 <つづく>

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瀋陽、右往左往(3) いろいろ筒抜け 2009,5,17
・・・・5月2日の日記<3>・・・

そんなわけで入国審査で大変に手間取ってしまい一番最後になって、預けていたトランクも一人淋しくコンベヤを回り続けていて、係の人が持ってきてくれた。

ゲートを出たら遼寧和平国際旅行社の張さんが出迎えてくれた。僕たちの他のツアー客は中年のご夫婦が一組だけ。集合したのでまずはリコンファーム。張さんに連れられて、僕とご夫婦の奥さんで2階の中国南方航空カウンターへ。ご主人と三吉は1階で荷物番。

リコンファームは簡単であっという間に終わり、下に下りるとご主人と三吉はすっかり打ち解けている。

遼寧和平国際旅行社差し回しのワゴン車で市内に向かう。このツアー、往復の飛行機とホテルだけがついているフリー・ツアーだ。

同行のご夫婦はTさんという静岡の方で、実に快活で感じのいい人だった。ホテルまでの40分間は雑談して過ごした。お互いに「なぜ瀋陽に来たか?」などを話し合ったら、ほぼ共通の答えで、

・瀋陽ツアーは、GWでも何故かあまり価格が上がらない
     と
・以前、GWに北京(僕は上海)に行って、あまりの混雑と人民パワーに圧倒された

だった。

ご主人がニコニコしながら、「夏には徒歩で大月まで行ったんですって? すごいですねぇ」

え? なんでそれを?

「さっき坊やからお聞きしました」

そんなことを話しているのか?!

「入国審査たいへんでしたねぇ。何キロぐらい痩せられたんですか?」

そ、そこまで話しているのか、あのリコンファームのわずかな時間に!!


そうだ、わずかな時間といえばこちらもそうだった。わずかな時間に張さんを質問攻めにする。市内の見どころ、食べどころ、タクシー事情、等等。

北京や上海と違ってここ瀋陽は観光地としては地味で、日本国内にはほとんど情報がないのだ。最も頼りになる『地球の歩き方』ですら、瀋陽には地図を含めて30頁しか割いていない。しかもそのうち10ページはホテルガイドだ。

僕が聞きたかったのは、日本国内でいくら調べてもわからなかったことだ。それを満を持して現地の観光ガイドの張さんに聞いてみた。それは、

「パシナはどうなってますか?」

だった。

 

                 <つづく>

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地球の歩き方


瀋陽、右往左往(2) またしても入国審査で・・・ 2009,5,16
・・・・5月2日の日記<2>・・・・

僕らを乗せた「中国南方航空628便」は15時30分(現地)、無事に瀋陽桃仙国際空港に着いた。

そこまでは無事だったのだが、今回も入国に際して、去年の北京とほぼ同様の「セレモニー」が行われた。つまり、北京に続いて瀋陽でも空港の入国審査で引っかかってしまったのだ。

ブースにいた係官が隣のブースにいた女性係官と別室の上司を呼んできて3人がかりで質問を仕掛けてくる。

北京の入国で引っかかった話はしてますよね。念のためちょっと読んでみてください。

北京空港でつかまった話。  ←クリック!!


パスポートの写真は115キロで角刈り。神楽坂の寺内貫太郎と言われていた頃である。今は40キロ減量した約75キロで髪も伸びた。係官はなかなか通してくれない。


そこで取り出したるは秘密兵器。昨秋のベトナム行きのときに拵えた「第2のパスポート」である。

僕が中年男のダイエットの事例として雑誌ターザンに載った件は話ししたと思う。(詳細は下の写真をクリック)

ターザンに登場の巻

ベトナム行きに際し、これを第2のパスポートとすべく、上のページ、つまり僕の変貌をビジュアルで説明したページをレトルトパウチした。しかし日本語がわからない人に見せても今ひとつわかりにくいかも。というわけで表紙とともにAB面とする。そして英語で説明書きをつけた。英語は不得手なので翻訳サイトを活用して作ったのは下記の英文。

「This is famous magazine "Tarzan" of Japan that made health a theme.
Because I decreased weight by 42 kilograms, it is published in this magazine.」

「これなるは健康をテーマにした日本の著名な雑誌「ターザン」なり。我は42キログラムの減量を成したによってこの雑誌に載ったものなり」

の英訳である。英訳したものをまた翻訳ソフトで和訳して意味を通ったので、そうは間違ってないと思う。そしてその説明書きを表紙に貼り付けた上でパウチした(幸いベトナムではスンナリ通れて、出番はなかった)。

今回はそれに、中国語をプラスした。こちらも翻訳ソフトを使用。

「這個是在日本最有名,把健康做為題目的雑誌“TARZAN(泰山)”。我因為減少了42公斤体重登載在這個雑誌上」


もともと瀋陽は地方でノンビリしているので、五輪直前の首都・北京のような強談判ではない。3人がかりでパスポートとターザンと僕を見比べた後、通してくれた。特に女性係官は興味しんしんで、どうやって痩せたのかを英語で訊いて来た。上手く答えられずに申し訳ない。

上司はターザンを返してくれながらニコニコしながら日本語で言ってきた。

「これは貴方のコマーシャルですね」

今ひとつ意味不明だが、「是(シー)」と答えておいた。


そしてこの騒動の間、次男・三吉(仮名・中1)は大喜びだった。出発前、長男・虎太郎から「とうちゃんが入国審査で捕まるから面白いぜ」と吹き込まれて、楽しみにしていたらしい。

           <つづく>

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瀋陽、右往左往(1) VIVA! 中国南方航空 2009,5,15
----5月2日の日記 (1)-----

そういうわけで乗り込んだ中国南方航空628便である。名前の通り中国の航空会社。サービスは極めてシンプル。機内食もシンプル。でも中国ビールは嬉しいね。

映画は「ヒーローズ」が上映されていたようだが、イヤホンが配られるわけではないので見ている人はほとんどいない。

あ、子どもの乗客に何か配り始めた。お菓子かな、おもちゃかな。

次男・三吉(仮名・中1)も一ついただく。


「金翔?」


干し鱈のオツマミだった。し、渋い・・・・。なぜ子どもに干し鱈?

もちろん僕が雪花ビールのお供にいただきましたよ。

瀋陽、右往左往(0)  白い街・ナリタを出て 2009,5,14
----5月2日の日記 (序)-----

GWの真っ最中ゆえ大混雑を予想していた成田空港は、思いのほか閑散としていた。人が少ないので白い照明がことさらに眩しい。

新型インフルエンザを警戒して一応マスクをする。使い捨てながら一枚350円の高級品。

伝染病を気にしながら白く眩しい成田空港を歩いていると、なんとなくここがヴェニスのような気がしてくる。もちろん自分がアシェンバッハ博士になった気分である。頭の中でマーラーの第五交響曲が鳴る。

違うのは傍らにいるのがギリシャ神話から抜け出たが如きタッジオではなく、鳥獣戯画から抜け出たがごとき次男・三吉(仮名・中1)であることぐらいだ。


我が家では、子どもが上の学校に上がるとき、僕と記念旅行をすることを常としている。

長男・虎太郎が小学校に上がるときは上海、中学に上がるときはソウル、高校に上がるときは香港・広州、大学に上がるときは北京。

長女・花子が小学校に上がるときは大連、中学に上がるときは上海・蘇州。高校に上がる今年はツレと泊りがけでシルク・ド・ソレイユを見に行った。

そして三吉は小学校に上がるときに沖縄に行った。


そして今年は瀋陽。中国の東北部。遼寧省の省都である。いわゆる「旧・満洲」で満洲時代は「奉天」と呼ばれていた。そして女真族(満州族)の王朝である「清」の創業の地でもある。太祖・ヌルハチが創った古都である。

なぜ、旅行先を瀋陽にしたか。

僕は長い時間飛行機に載るのが嫌いだ。昨秋のベトナムの7時間が限界だ。そうなると中華文化圏はなかなか出られない。

で、どうせ行くなら初めて行くところにしたい。そして経由地無しで直行便が必須(いろいろと軟弱な注文が多い)。

そしてかねてよりの満洲マニアである。幻の帝国・満州国には大いに興味がある。決して「鉄っちゃん」ではないけど「満鉄っちゃん」な僕としては見ておきたいものもある。

そんなわけで瀋陽に行くことにしたのだ。三吉の意向は一切反映されていない。


僕らを乗せた「中国南方航空628便」は13時25分、無事に飛び立った。(続く)

(明日から、瀋陽の旅日記を書きます。多分かなり長くなります。心してお読みください。)

懲りない悲しき男の性・・・ 2009,5,13
この前あんなに問題になったのにまたしても・・・。よっぽど、惚れていたのかな? いや、別に川島芳子を巡る男たちの話ではない。今日の新聞ネタである。

悲しい性だなぁ。

お天道さんは見てござる


それはともかく、明日から新シリーズ始めます。

この日記の運営会社「CGIBOYS」が6月でサービスを停止するらしいから、あまり長引かないようにしないと。いややっぱり長くなるな、きっと(確信)。

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愛新覚羅王女の悲劇 川島芳子の謎 2009,5,12
そんなわけで最近読んだのがこの本。

太田尚樹著『愛新覚羅王女の悲劇 川島芳子の謎』(講談社・1995円)

愛新覚羅王女の悲劇 川島芳子の謎<br>

評伝でもない、かといって小説でもない「ドキュメント・ノベル」というスタイル。作者の自由な想像力が羽ばたいている。うん、こういうスタイルも読みやすくて良いんじゃないですか。学者先生が書いたとは思えない。テンポもいい。まるで講談を聞くようないい心持ち。

惹句に曰く、「動乱の満州、中国で暗躍し、「東洋のマタ・ハリ」「男装の麗人」と称された川島芳子のミステリアスな生涯と死の真相に迫る。」

だけど「死の真相」にはそれほど迫っていない。昨日も書いたけど、「死の真相」にはあまり迫らないほうが良い。

他の川島ものと比べると「男の性」がよくかけているってことが特長かな、俗な言い方だけど。そういえば現在手に入る川島ものってすべて女性の書き手だったんだよね。

男装の麗人・川島芳子伝   <br> 清朝十四王女 川島芳子の生涯   <br> 評伝川島芳子 男装のエトランゼ


男性の書き手だけに、芳子みたいな剣呑な女についつい近づいていってしまう悲しい男の性がよく描けているような気がするのだ。まぁ、どいつもこいつもろくでもない連中なんだけど、芳子を巡る男の中で唯一かっこよく描かれているのが、笹川良一。ご存知、競艇の胴元にして政財界の黒幕。戸締り用心、火の用心の人。

これはちょっとかっこいいぞ。良過ぎるくらい。度量の大きな男としてのかっこよさが存分に描かれている。この変化も「ドキュメント・ノベル」の醍醐味かもしれない。

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またしても「川島芳子生存説」 2009,5,11
そのおじいちゃんの一件のせいでなんだか気疲れしてしまい、午後は寝たり起きたりだった(軟弱)。

1時からは「なんでも鑑定団」を半分眠りながら見て、2時からは「ドキュメンタリ宣言」の特別版。

この4月にやっていた「川島芳子生存説」の続きをやっていた。内容は以下の通り。

ドキュメンタリ宣言「川島芳子は生きていた」ダイジェスト動画  ← ← クリック!!

この「川島生存説」ニュースが報道された昨秋にもこの日記に書いたけど・・・・。

僕は「ない」と思う。ロマンとしては生き延びていたら素敵だとは思うけど、満洲の首都だった長春(新京)の郊外に川島芳子が隠棲して天寿を全うできるほどプロレタリア文革は甘かないと思う。

などと言いつつ、川島芳子に関するものだと、つい一生懸命見ちゃうんだけどね。

男装の麗人・川島芳子伝 <br> 清朝十四王女 川島芳子の生涯 <br> 評伝川島芳子 男装のエトランゼ <br> 李香蘭私の半生 <br> 「李香蘭」を生きて

本も必ず買っちゃうね。

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日曜の昼に祈る 2009,5,10
昼飯を食いに行こうと家の近所の道を歩いていたら、こちらに向かってくる自転車が前方30メートルくらいの地点で突然横に倒れた。おじいさんだ。

慌てて駆け寄ると、僕に続いて駆け寄った人がいた。国産最上級の高級車に乗った50年配の女性だった。道の端に車を停めて駆け寄った。

脳関係だったりするとやたら動かさないほうが良いのでとりあえず声をかけてみたら、脳関係の発作では無さそうだったので、僕がおじいさんを抱えおこし、セルシオ夫人が自転車を起した。

僕がおじいさんに「大丈夫ですか」と問うと「大丈夫」という。

セルシオ夫人が「ご家族に電話して呼びましょうか」と言っても「大丈夫」という。

そして自転車のハンドルを握るので、「乗っていくの危ないですよ」というと「押して帰るから大丈夫」

と言って、自転車を押して歩き始めた。もし、サドルにまたがろうとしたら走って行って押しとどめようと身構えつつ見送ったがその様子はなく、自転車を押したまま歩き去ってしまった。

僕とセルシオ夫人は、

「大丈夫、ですよねぇ・・・」

「そうですねぇ、もし車でお送りすると言っても断ったでしょうしねぇ、あの様子では」

「自転車、乗っていきやしないですよねぇ」

「ええ、多分大丈夫でしょうけど・・・。でももうそれは祈るしかないですねぇ」

などと話し合って別れた。

見ず知らずの他人のために祈るのは初めてだった。

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突然、サイクリング 2009,5,9
午後、自転車でカフェ・キャットフィッシュ(=ギャラリー・エソラ)へ。「猫とカレーとほうれん草」展を拝見す。

木彫家・関頑亭先生とご一緒し、縄文美術の巧まざる美についてお話をうかがう。

そのあとUSBメモリを買いに府中のヤマダ電機に。帰りは白明坂と多摩蘭坂を通って帰る。

坂中腹の、交差点に多くの花束が手向けられていた。ずいぶん遠くから来たファンも多いようだ。

坂を降りきったところでツレから電話。忘れ物を届けに昭和記念公園まで来て欲しいとのこと。一気に西に向かい、自宅を経て立川の昭和記念公園へ。明日開催の大イベント「とびっきりまつり」準備中のツレに無事手渡し。

さすがにちょっと疲れて芝生に寝転んで一休み。

穏やかないい天気。一番いい季節。一年中こんなだったら・・・・。多分、バカになるなぁ。

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バッテリー代は27,000円 2009,5,8
長男・虎太郎(仮名・大2)が免許を取って半年が経つ。費用は僕が出した。理由は僕がビールが好きだからである。

たとえば家族で車に乗って食事に行ったとき、飲みたくても車だから我慢をしていた。でも虎太郎が免許を取って運転するようになれば晴れて僕は飲める。だから僕が費用を出した。高くついた。

長男・虎太郎(仮名・大2)が免許を取って半年が経つ。なのに一度も運転をしたことがない。しようとしない。興味がないらしい。不思議だ(そういえば16歳になったときもバイクに乗りたがらなかった。不思議だ)。

そういえばツレが免許を取ってからもかれこれ20年が経つ。20年経つが一度も運転していない。興味がないらしい。

実は僕も運転が大嫌い。理由をつけては運転しない。これは家系か。

で、全然乗らないので前回、ガソリンを入れたのは9月くらいだ。エンジンをかけるのも面倒くさい。そしたらバッテリーがあがってしまった。それでも放置していたら、バッテリーが完全にだめになってしまった。

それでもさらにずっと放置してたのだけど、来週どうしても車を動かさなければならない用事が出来してしまった。車に乗ってどこかへ行く用事ではない、車を動かさなければならない用事。庭のそこに車があると作業上邪魔で都合が悪い用事が出来たのだ。

そんなわけで数メートルの移動のために、しょうがなくバッテリーを新品に交換したら27,000円もかかった。

これが一番高くついた。

生涯の自慢 〜女神との遭遇〜 2009,5,7
えー、今日は自慢話をさせていただきます。覚悟してお読みいただきたい。


昨日は木ノ内みどりさんのお話をした。いや、テレビアニメの話題から無理やり木ノ内みどりさんの話題に引っ張った。そういうわけで、木ノ内みどりさんの話をさせていただく。木内みどりではない。名前は似ているが違う。中山美穂と中山美保ほどではないがだいぶ違う(関西限定)。

僕らの世代、45歳くらいから53歳くらいにとって、木ノ内みどりというのは特別な存在である。並みのアイドルではない。違うと言う人は・・・・、かかってきなさい。

山口百恵も凄い。それは認める。でも数々のヒット曲もあれば数々の主演映画もある。記憶と記録に残るのは当たり前だ。しかし、木ノ内さんは中ヒットの「横浜いれぶん」とB級30分ドラマの「刑事犬カール」だけである。それなのに引退して約30年経った今も輝きを失わない。これを女神と言わずしてなんと言おう。違うと言う人は・・・・、かかってきなさい。


で、何が自慢かというと、僕は木ノ内みどりさんに会ったことがあり、さらには言葉を交わしたことがあるのだ。

多分、1994年のことだったと思う。つげ義春夫人の藤原マキさん(1999年逝去)の個展が渋谷の画廊で開かれたことがあった。マキさんの絵本、「駄菓子屋」(ワイズ出版)の発刊直後だった。

その時は仲間内でいろいろ分担したのだけど、飾り付けのセンスがなく金勘定が苦手だど、人当たりだけはよかった(当時)僕は「ご案内係」になった。

その展覧会の初日にに来られたのである。木ノ内みどりさんが。

いや、一人で来られたわけじゃない。夫の竹中直人さんとお嬢さんと3人で来られたのだ。言うまでもないが、竹中さんは、つげさんの『無能の人』を初監督で映画化されている(マキさんはその映画に泉谷しげるの妻の役で出ている)。

その画廊は渋谷のちょっとわかりにくい場所にあって、ご一家はちょっと迷っておられた様子だったので、僕が駆け寄ってご案内したのだ。

「あ、竹中さん、会場はこちらです」

竹中さんはあの低いいい声で「ありがとうございます。」と言ってくれて、あとに続く木ノ内さんも軽やかに「ありがとうございます」と言ってくれて、ニコッとしてくれた。

その日の木ノ内さんは白のフレアスカートに紺のジャケット、ピンクのブラウスだった。

そりゃあもう、美しかった。当時ですでに30代の後半に入っていたと思うのだけど、アイドル時代と全く変わらぬ透明感があった。向こうの東急ハンズが透けて見えた(ほど)。


以上です。それではみなさん、おやすみなさい。

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雨のGW最終日はアニメでも見て 2009,5,6
連日雨のGW終盤。

午前中は、次男・三吉(仮名・中1)が借りてきた「映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝」を見ていた。

のび太と緑の巨人伝

僕はドラえもんの映画なら、初期の「勧善懲悪」が好き。とにかく救いようなく、同情の余地なく悪い独裁者をやっつける革命劇とかね。

今回のは地球環境がテーマで、それはそれでいいのだけど、問題は物語の鍵を握る樹の妖精の名前。「キー坊」っていうの(上の画像の中央ね)。樹の妖精だから「キー坊」っていうダジャレは結構なのだが・・・。

「キー坊」って言われると、ムード歌謡好きな僕としては当然、「ヒロシ&キーボー」の半端な美人、キーボーを思い出してしまうよね。

3年目の浮気

なんてことを言っていたら、大阪人のツレは「西川きよし」を思い出すという。そうか、なるほど。


夜は夜でテレビ東京で、長女・花子(仮名・高一)が夢中になっているサッカーアニメ「イナズマイレブン」。最近、腐女子に大人気で、トレーディングカードが腐女子に買占められてチビッ子が買えないという理不尽が横行しているというアレである。

まあ、元気があっていいマンガだけど、タイトルがなぁ。「イナズマイレブン」なんて言われると、アイドル好きな僕としては、「横浜いれぶん」を思い出してしまうよ。

3年目の浮気

あぁ、俺はホントに「昭和歌謡」が好きだなぁ。

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あの人の肖像写真 2009,5,5
居間の隅の壁に奇妙な写真が出現したのは数日前のことだ。なんとなく嫌な予感がして見ないようにしてたんだけど・・・・。勇気を振り絞って見てみたら、やっぱり剣呑なものだった。

赤い振袖を着たおばあさんがこちらを見て微笑んでいる。

怖い・・・・。 怖いけど、ちょっと可愛いような気がする。英語で言うとファニー。


宗家の母、セッチーさんだった。 でもなんでそれがうちの居間の壁に?

下手人は長女・花子(仮名・高1)だった。学校近くの道具屋で見つけたそうである。商品名は「ポートレート」だったとか。

女子高生にセッチーの写真を売る奴も売る奴だが、買う女子高生も女子高生である(「なんかちょっと可愛いかも」って思ったらしい)。その前に道具屋で道草を食う女子高生というのもどうかと思う。CD屋さんとかクレープ屋さんとか、もっと女子高生らしい寄り道があるだろう(女子高生に対するイメージが貧困)。

でも壁に貼ったのはツレらしい。まったく何を考えているのだが。シバ(三橋乙揶)のコラージュの隣にこういうものを貼らないでいただきたい。娘も娘なら母親も母親であるる。

でも慣れてくるとちょっと悪くないかな、などと思い始めている(早っ!!)、俺も俺である。

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加藤登紀子の店か? 2009,5,4
つまり「時代遅れの酒場」って意味か?

それとも「トランジスタ・グラマー」の反語的表現か? そうするとママはジャンボ宮本か?

古い。

エソラからユニクロにいく途中で採集。
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「猫とカレーとほうれん草」展 2009,5,3
そうだ、昨日から始まっているのだ。この企画の告知をしなければ。

「猫とカレーとほうれん草」展。エソラにて。

地元・国立の野菜作りを応援する【ポパイの会】企画。ネコの絵の二人展だ。

川村コウイチさんと、ご存知、関マスオさんが可愛いネコ、可愛くないネコ、美しいネコ、美しくないネコをカラフルなイラストでたくさん描いた賑やかで温かくて楽しい展覧会になっている(と思う。すでに作品は見せていただいた)。

そして今回のイベントのもう一つのお楽しみは「カレー」。期間中、フード・コーディネーターの川村真知子さんのレシピによるカレーがメニューに参加する。

僕も先週試食会に参加させていただいたんだけど、うまい!! ほうれん草の甘さを絶妙に生かした深い味わい。後から辛さがホワ〜っとやってきて、そのまた後から甘さがホワ〜っとやってくる。って言ってたら、また食べたくなってきた。


「猫とカレーとほうれん草」展

2009年5月2日(土)〜10日(日)
11:00から18:30(最終日は17:00まで)  国立 ギャラリー ESOLA(エソラ) にて

ギャラリー ESOLA(エソラ)ご案内</像 

アクセスは上の地図をクリックしてください。

カフェ「キャットフィッシュ」併設です。GWのお散歩がてら、ぜひお立ち寄りください。

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岩崎宏美さん、おめでとうございます! 2009,5,2
昨日の新聞記事だが、岩崎宏美さん、ご結婚おめでとうございます。

もちろん知り合いでもなんでもないが、同じアラフィフ、同時代を生きてきたものとしてお祝いを申し上げたい。


知り合いでもなければお会いしたこともないのだけど、僕が人形作家・写真家の石塚公昭さんに何度か連れて行ってもらった木場の煮込みの名店「K本」の、新郎新婦ともに常連で、石塚さんの作品集もお買い上げになっているそうなので、一方的に親近感を持っているのだ。最近の良美さんとの姉妹デュオもいいしね。

なんて新聞記事を見ながら喜んでいたら、ツレがキョトンとしている。「なんでそんなに喜んでいるの?」と。

女優の、岩崎ひろみ@ふたりっこ@アニーかと思ったらしい。なるほど、たしかにそれなら不思議だ。


そうそう、そういえば先日の新聞の雑誌広告で、

「伊東美咲、実業家と結婚へ」

というのがあった。そのときも、「アラフィフの快挙」と喜んでたらツレがキョトンとしていた。そんなトシじゃないと。

あ・・・・、伊藤咲子と間違えた。


2日連続「昭和歌謡」な話で失礼しました。

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ピーナッツのこと、バンバンのこと 2009,5,1
そのピアノの発表会で次男・三吉(仮名・中1)のすぐ後に登場の先輩のAちゃんはトボルザークの「ユーモレスク」を弾いた。いい曲だなぁ。僕はこの曲を聴くと、中学三年だったあの日のことを思い出すよ。


あ、そうそう、ザ・ピーナッツのDVDBOXが出るんだってね。欲しいなぁ。ザ・ピーナッツ大好き。日本史上最強のデュオ。僕がいまだにジャズが好きなのは、子どもの頃に大好きだった「シャボン玉ホリデー」の影響もある。

カバーも含めて名曲は枚挙の暇もない。「可愛い花」「乙女の祈り」「ふりむかないで」「恋のバカンス」「恋のフーガ」・・・。そして「情熱の花」、これ最強。

これ、ご存知の通り、ベートーベンの「エリーゼのために」のアレンジだ。凄いことを考える人がいるなぁ、カバーだけど。ヴィーナスの「キッスは目にして!」なんてのもあった。これも佳作。阿木燿子作詞。


あ、それで「ユーモレスク」の話ね。

僕が中3の夏だったんだけど、バンバン(ばんばひろふみ)の「いちご白書をもう一度」が流行りましてね。僕もすごく好きだった。作詞作曲はもちろんユーミン。大ヒットとなった。

そしてたぶん翌春、卒業直前ぐらいだったのだけど、第2弾が出た。それは「霧雨の朝、突然に・・・」という曲。これもユーミン作。これはヒットしなかった。

でもこの曲を聴いたときの衝撃は忘れられない。

だって・・・・。サビがドボルザークの「ユーモレスク」にそっくりなんだもの。「ユーモレスク」のメインの旋律じゃなくて、途中マイナーに転調するところがあるでしょう?あそこにそっくりなのだ、「霧雨の朝、突然に・・・」のサビの、

「小さな命を宿したのを、どうして黙っていたの?」

というところ。嘘だと思ったら、下のジャケ写をクリックして、ちょっと聴いてごらんなさい。1分半待ってサビのところを。

「霧雨の朝、突然に・・・」</像  ←クリック



ねっ、そっくりでしょ?


この日以来僕は、「ユーモレスク」を聴くたびに、頭の中を

「小さな命を宿したのを、どうして黙っていたの?」

という救いようもなく暗く重いフレーズが反響して、名状しがたい気分になってしまうのだ。


あ〜あ「ユーモレスク」、いい曲なのになぁ。

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