ぎっちょの「ひとりたわむれ」PART2

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さらば0系 2008,12,1
初代新幹線【0系】が、昨日の運行をもって通常ダイヤから姿を消すこととなった。東京五輪に合わせた形で運行を開始した1964(昭和39)年から44年、“夢の超特急”はその役目を終えて、静かに表舞台から去る。

ワタシが初めて新幹線なる乗り物に乗ったのは、父の転勤で住み慣れた京都から東京へ引っ越すことになった1977(昭和52)年8月のことである。京都駅で長く一緒に暮らした祖父祖母叔父や、小学校のクラスメイトの見送りが切なく感じた一方で、それまで絵本などの書物でしか見たことのなかった超特急とやらに乗り込む期待感たるやハンパではなかった。当時、乗りたくてもなかなか乗れない新幹線の乗り心地を引っ越した先で新しい友人に話すのは、一種自慢話にも近いものがあった。

【0系】の思い出を語るにあたって話題になることが多いのが、食堂車と給水器の存在である。東京から京都まで約3時間かかっていた時代、帰省の際は父の仕事の終わりに合わせて夕方の新幹線に乗り、食堂車でカレーに舌鼓を打つのがひとつの醍醐味であった。席が空いてなくて、仕方なく弁当に変えたこともしばしば。また、車内各所に設けられた給水器から、キンキンに冷えた冷水を備え付けの紙コップ…といっても、れっきとしたコップの体など為していない、重ね合わせた2枚の紙切れを押し開くかのような簡易コップに注いで飲むという楽しみもあった。

最後に【0系】に乗ったのは、平成元年の祖父の葬儀の時だろうか。齢を重ねるにつれ帰省する回数も年々減り続け、会社勤めをするようになって以降は【のぞみ】を利用する機会が増えて、東京―京都間の運行時間も年々短縮されている。

近代化された新幹線の車両は、速度を増すにつれてその姿を変えていき、今や【0系】の面影などカケラもない鼻先ののびたまるで“カモノハシ”のような外見である。それはそれで見るからに早そうな、いかにも“超特急”っぽいフォルムではあるのだが、やはり『新幹線』といえば【0系】のどこか
「キョトン…(・o・)」
としたような愛嬌たっぷりの“表情”が、真っ先に脳裏に浮かぶ。

今後は、12月の6、13、14日にそれぞれ臨時の『ひかり』として【0系】の“さよなら運転”が実施されるという。チケットは生憎、発売開始早々売り切れてしまったとのこと。今後、何かしらの形でスポット的に復活する機会もあるのだろうが、現役として走る0系にもう乗れない、見られないというのは、ひとつの時代の終焉を感じるとともに何とも寂しいものがある。これから【0系】は、ワタシたちの記憶の中で走り続ける。ありがとう、そしてお疲れさま!夢の超特急!



ぎっちょ


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